調達は、なぜ日本の生命線になったのか ── 元日東電工最高調達責任者が語る「ノンコアをコアに変える」経営

サプライヤーが原材料の供給をやめるときも、約1〜2年間は供給を保証するのが常識だった。それが突然、「半年後に撤退します」という通告が頻発するようになった——。地政学リスク、環境規制、原材料コストの高騰。三つの圧力が重なった今、「買う」機能が日本の製造業の生命線になっている。日東電工で執行役員・最高調達責任者(CPO)として調達改革を率いた髙渕秀郎氏と、ブリングアウト営業統括執行役員の平山奈津未が、調達の現場に眠る「紙に書かれない一次情報」の経営価値を語り合った。

目次

    対談相手紹介

    髙渕秀郎 氏

    日東電工株式会社に入社後、新規事業・新会社の立ち上げなどの成長戦略と、事業再編や経営インフラ改革などの構造改革の両面を担う。執行役員CPO(最高調達責任者)として、原材料調達の困難化を受けてサプライチェーン強化を経営に提言し、統括組織の設立を主導。材料から工場建設に至る「買う」機能の全体を統括した。退任後、複数の企業で顧問を務める。

    プロローグ: 一次情報経営と、「買う」の最前線

    平山:私たちブリングアウトは「一次情報経営」を提唱しています。商談や現場の会議で日々交わされている対話——数字や報告書に加工される前の、生の情報——をAIで構造化して、経営の意思決定に直結させるという考え方です。

    日々製造業のお客様とお話しする中で、いま、一次情報と経営のあいだにあるこの空白を最も切実に感じているのは、実は調達の現場ではないかと思うようになりました。サプライヤーとの交渉、供給リスクの予兆、価格の機微。膨大な情報が流れているのに、そのほとんどは担当者の中に留まり、経営に届いていません。今日は「買う」の最前線を役員として統括してこられた髙渕さんと、調達はなぜ日本の経営課題になったのかを掘り下げたいと思います。

    髙渕:よろしくお願いします。私は日東電工で、新しい事業や会社を作る成長戦略と、構造改革の両方について取り組んできました。

    製造メーカーの根幹は、材料を買って、生産して、売る、です。ところが材料を「買う」ことがすごく難しい時代になった。だからサプライチェーンを会社として強くするべきだと経営に提案して、サプライチェーンの強靭化に取り組んできました。

    第1章: 鉛筆一本から、工場建設まで──日本はなぜ「買う」を経営にしてこなかったのか

    平山:そもそもCPOとは、何をする役員なのでしょうか。

    髙渕:わかりにくいですよね。要は、最高調達責任者です。企業全体の調達リスクの迅速な判断などを行い、鉛筆一本から建物まで、「買う」ことに対する責任を持っている役員です。材料だけではありません。工場用地の取得や、工場建設の最終決定、提供コストの承認なども行います。

    平山:CPOがいない会社では、誰がその「買う責任」を担っているのですか。

    髙渕:調達部門はどこの会社にも必ずありますが、その上はCFO(最高財務責任者)や資材、購買部署が兼務しているケースが多い。日本は「買うこと」に対する経営としての認識が高くなかったんですね。販売責任者はいても、購買責任者はなかなか表に出てこなかった。

    平山:海外の企業では、グローバル本社が各国の拠点を束ねる機能がもともと必要なので、サプライチェーンの責任者が経営陣にいるのも自然です。日本は本社が国内の延長線で回ってきたから、置かずに済んでしまった面もありそうです。

    髙渕:そうなんです。欧米系、それに中国でも、サプライチェーンの責任者を役員に据えるのは2000年前後から当たり前でした。日本はそこのガバナンスが遅れているんです。

    不思議なんですよ。日本は資源を輸入に頼る必要がある国なのに、「買う」側は意外と外部に委ねてきた。商社さんですね。高いマージンを当然のように払ってきた。商社に依頼(丸投げ)してきたことが、調達機能の強化が遅れた大きな原因の一つです。例えば、100円で買っている材料の中身——物流費がいくらで、関税がいくらで、残りを誰に払っているのか。そこまで分解してコストを見ている会社は、ごくわずかだと思います。

    平山:面白いのは、それが怠慢ではなく、商習慣としては合理的だったことです。生産と販売は戦後から磨き続けてきた。一方で調達は「持ちつ持たれつ」の関係の中にあって、そもそも磨く対象だと見なされてこなかった。

    髙渕:買うし、買ってもらってもいるから、というのはあったでしょうね。外部に委ねたんだと思います。

    第2章: 「半年後に、提供をストップします」──事業継続の危機が、調達を経営課題に変えた

    平山:長くその状態が続いたのに、なぜここへきて一気に経営課題へ浮上したのでしょうか。

    髙渕:事業の継続性です。このまま放っておいたら事業を続けられない、会社全体に大きな影響を与えてしまうという危機感が生まれた。

    象徴的な変化があります。昔は、サプライヤーが材料の供給をやめるときには「2年間は保証します。代替メーカーもご紹介します」というのが常識だったんです。それが、「半年後にストップします」と示すことが頻発するようになった。また、脱炭素や有害物質などの環境規制で採算が合わない、その先の材料が手に入らない。理由は様々ですが、半年で代わりを見つけて製品を作り直すことなど、できないですよね。

    図1

    平山:それは、私たちのような一般の消費者でも、この数年で急に感じるようになった変化ですよね。ロシアとウクライナの戦争が始まった頃には、資源やエネルギーの高騰が巡り巡って、例えば作業服のような身近な綿製品まで値上がりして手に入りにくくなると聞いて、遠い出来事のはずが、と驚きました。最近ではイランをめぐる中東情勢により、ナフサのような基礎原料の供給問題がワイドショーで取り上げられるほどになって、身の回りのものが急に高くなる、手に入らなくなる。「買う」の異変を、暮らしの側から実感する時代になりました。

    髙渕:放っておけなくなったんですね。そうした中で現場では、もう一つわかったことがあります。撤退するのは、多くの場合、2次、3次の先のサプライヤーです。実際に会いに行ってみると、自分たちの作っている材料が、どんな最終製品に使われているのかわからず、材料が止まるとどんな影響があるか、知らないんですよ。

    平山:知らないんですか。

    髙渕:直接の取引先のことは知っています。でも、その一つ先はもう知らない。サプライチェーンというものの全体が、全く見えていなかったんです。

    だから私たちがやったのは、影響の説明でした。御社が提供をやめることで、これだけの製品に影響が出ます。ひいては、日本で携帯電話や自動車が買えなくなるんです、と。さらに、これは1社で対応できる課題ではないと考えて、経済産業省にも説明に行きました。中間材のメーカーは、自動車のような最終製品と違って、供給が途切れたときの影響が外から見えません。しかし機能材料は、日本が世界で勝てている数少ない領域です。ここが途切れれば国の輸出が減る、国益に関わります、と説明して、協力を求めました。ちょうど経済安全保障の議論とも重なって、国としても重要な課題だと、ずいぶんご支援いただきました。

    平山:一つの会社の調達の話が、そのまま産業と国の話に直結している。「買う」が日本の生命線だというのは、比喩ではないんですね。実際、お客様と接していても、この「見えないこと」への恐怖が製造業の現場で急速に高まっているのを感じます。

    第3章: 組織変革の取り組み──分科会と若手登用が、組織を動かした

    平山:その危機感を、社内ではどう改革に変えていったのですか。

    髙渕:具体的には、経営課題を4つに分けて、それぞれに分科会を作りました。ポイントは、リーダーに調達の人間ではなく、事業を率いる執行役員を据えたことです。しかも各分科会のトップには、あえて若手を選びました。次の会社を作るのは彼らですから。そして計画を明文化して社内に公表し、毎月の経営会議で進捗を報告する仕組みにした。

    平山:経営会議に毎月並ぶと、自然に競争が生まれますね。

    髙渕:生まれます。それに4つの課題は互いに交差しますから、分科会のリーダー同士が連携し始める。一番変わったのは、事業部の行動です。それまでは「材料が入らないんだから、調達がやってくれよ」で終わっていたのが、事業部のほうから「この材料メーカーに、この課題で一緒に行きましょう」と、先に動くようになったんです。

    図2

    第4章: 「個人技」とは、データができていない状態──調達1.0から3.0へ

    平山:髙渕さんは調達の進化を「1.0、2.0、3.0」と整理されています。

    髙渕:1.0は個人技。2.0は部門最適。3.0はサプライヤーとの共創です。調達部門の中の最適化で止まっていては解決しません。会社全体、さらにはお客様からサプライヤーまで、外側の人たちも最適になる打ち手でないと通用しない。そして3.0では、環境対応、安定供給、コスト削減という互いに矛盾する課題を、サプライヤーとともに「価値」に変えていく。ここにAIの活用が効いてくると思っています。

    平山:日本の製造業は、いまどの段階にいる会社が多いのでしょうか。

    髙渕:1.0〜2.0でしょうか。大事なのはここです。個人技というのは、データができていない状態のことなんです。日本全体で可視化されていない、見えていないのかもしれませんね。調達の仕事がデータ化されていないから、標準化できない。標準化できないから、人に付く。

    図3

    平山:データ化を阻んでいるものは何ですか。

    髙渕:サプライチェーンの長さです。例えば化学品は化学変化しますから、基礎原料が姿を変えて、医療用の手袋になったり、透析のチューブになったりする。どういう経路で自分たちのもとへ届いているのか、可視化されたものがないんです。しかも間に流通が入ると、その先が見えなくなる。

    平山:相手は商社であり、メーカーです。「どこから、どれだけ買っているかは見せたくない」という合理性がそれぞれにある。自社の努力だけでデータ化できる範囲を、構造的に越えていますね。

    髙渕:だからまず、現状のルートを地道に可視化して、そこから無駄を取っていくことです。先日の基礎原料の供給問題でも、経済産業省の皆さんが現地に入ってフローを一つずつ可視化するという、涙ぐましい仕事をしていました。業界の慣行そのものも見直す必要があります。製造メーカーや商社が連携して取り組む時代になりました。材料や工程を変更するたびに発生する確認手続きは、品質のために重要ですが、膨大な人的コストがかかっている。データベースを整えて、もっとスピードを重視した形に変えられないかと、各所に提案しているところです。

    平山:1.0から2.0は業務とデータの話ですが、2.0から3.0の壁は何でしょう。

    髙渕:経営戦略そのものです。現状から将来を見据え、どういう会社になりたいのか、ありたいのか、というビジョンや目標がなければ、ビジネスのサプライチェーンをどこまで可視化し、誰と共創するかは決められません。原材料を輸入しなければならない日本は、サプライチェーンのパートナーと「ともに創る、ともに生きていく」という発想を持つことが大切なのです。

    第5章: 紙に書いていない情報が、一番重要──暗黙知のデータ化と、「人間は進化する」

    平山:その3.0への進化に、なぜいまAIなのでしょうか。

    髙渕:日本の人口が減っていくからです。労働人口が急速に減る。対応は移民政策か、テクノロジーで業務のあり方を変えるかのどちらかですが、日本の場合はテクノロジーだと思うんです。現に、製造や建設、インフラの保守、介護といったリアルな現場では、人手不足がもう顕在化しているじゃないですか。設備が傷んでいることはわかっているのに、人手がないから直せない。

    平山:私たちブリングアウトが製造業のお客様と取り組んでいるのは、まさにそこです。たとえば現場の定例会議やサプライヤーとの交渉の対話をAIで構造化して、不具合の予兆や交渉のノウハウを蓄積していく。報告書を増やすのではなく、すでに話されている言葉をそのまま資産に変える。ベテランの頭の中にしかなかった判断が、初めて組織で共有できるものになります。調達を本当にコアに変える最後のピースは、この暗黙知のデータ化だと私たちは考えています。

    髙渕:消えていく会話を、データにするわけですからね。御社の話を聞いて、一番それを思いました。もう必須のテーマでしょうね。紙に書いていない情報が、一番重要なんです。普段やっている打ち合わせや作業。交渉ごともそうですし、人材育成もそうです。消えていく言葉、言葉になっていないノウハウ。これらをデータベース化して、共有できるようにすることが、いち早くやるべきことだと思います。人に付いている技術、人に付いているノウハウを可視化する。暗黙知のデータベース化は、不可欠な課題です。

    図4

    平山:一方で、この話をすると必ず出てくる反論があります。すべてをデータ化してしまったら、人間の考える力が弱くなるのではないか。そもそも暗黙知を生み出せる人材が、育たなくなるのではないか、と。

    髙渕:それは、ないと思うんですよ。今の人間は、そうかもしれない。でも、人間は進化しますから。AIを使って考えていくというふうに、変わる。ツールですからね。スマートフォンが出てきて、漢字は書けなくなったかもしれないけれど、人間の考える力が弱くなったわけではないでしょう。それを前提にして、進化していくんです。

    面白い話があります。先日、米国の大学の先生と話したら、アメリカではデータサイエンスを学ぶ学生が減っているそうです。その価値はもう当たり前のものになりつつあって、大手テック企業が一番高い報酬で求めているのは「哲学」ができる人材だと。AIを前提にした社会で、何をモラルとして守り、どういう判断基準で物事を決めるのか。それを語れる人が、まだ少ないんです。

    平山:道具の使い方ではなく、道具を前提にした世界の設計図を描ける人、ですね。

    髙渕:いまのAIの盛り上がった状況も、5年もしたら終わり、普通になる、ということです。そのとき問われるのは、それを使ってどういう社会を描き、どういうビジネスをしていくか。次の産業革命が、いま起きているんだと思います。

    平山:実務の風景で言えば、見積もり依頼の処理や、社内に散らばる情報のまとめ直しに取られていた時間が消えて、AIの出したものを叩き台に、人間が知恵を出す時間が生まれる。オペレーションの議論が減った分だけ、向き合って議論する時間が会社の中に増えていく。私たちのお客様でも、その変化は始まっています。

    エピローグ: サプライチェーンから、バリューチェーンへ

    平山:最後に、読者の経営者の方々へメッセージをお願いします。

    髙渕:私は、サプライチェーンを、付加価値の高いバリューチェーンに変えたいと思って仕事をしてきました。原材料のない日本は、サプライチェーンを強くしなければ生きていけない。その強靭化の解決策の一つが、AIというテクノロジーだと思っています。

    オペレーションの部分は、できる限り人間がやらなくてもできるようにする。そして人間は、それをベースに新しいものを生み出していく。そのためには、一人称の人たちが集まった、人間中心の価値を創造できる集団に変えていく。そして、そのために今あるプロセスを変えていく。ブリングアウトさんのような、こうした変革を支える新しいプロダクトが多くの企業に導入されていくことで、皆さんが目の前の問題解決から、さらにもう一段高い視座へ上がっていき、グローバルに事業を展開し、勝ちぬいていく。日本という国が再興し、発展していく。そうなると信じています。

    平山:調達力を強化し、SCMを強靭な組織へ。今日のお話は、調達という領域をはるかに超えた、組織と人材の変革論でした。

    対話を、経営の武器に変える——私たちブリングアウトは、現場の対話という「紙に書かれない一次情報」を経営の資産に変えることで、その変革の土台をつくっていきます。消えていく言葉を、次の価値の源泉に。髙渕さんが歩んでこられた「ノンコアをコアに変える」道のりを、テクノロジーの側から支えていくことをお約束して、本日の結びとします。ありがとうございました。

     

    Bring Outとは

    「対話をデータ化して経営を変革する」ことを掲げ、AIを活用した経営変革(AX:AI Transformation)を行うAXファームです。経営変革の焦点となる論点を定め、その論点をAIプロダクトに埋め込み現場で自走させ、この設計と実装を外部に切り分けず一体で行うことでスピーディに現場へ展開します。コンテクストエンジニアリングによる対話設計、独自のAIエージェント基盤、カスタマイズエージェントが動くソフトウェアの3つを通じて、経営変革を一過性のプロジェクトで終わらせず「常在化」させます。

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    About the author

    中野慧|ブリングアウトCEO

    06年 東京大学教育学部学士。 米系戦略コンサル会社、ベイン・アンド・カンパニー: プロジェクトマネージャー リクルート: 事業開発部長。スタディサプリの事業拡大にプロデューサーとして携わる。 日本産業パートナーズ:DX顧問 ブリングアウトを2020年12月に起業。現職。

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