【代表中野 寄稿】生成AIは最強のイエスマンである――なぜ「正しいDX」が失敗するのか?

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生成AI活用で「正しいこと」をしているのに価値が出ない原因を、会社固有のコンテクスト(過去の勝敗や判断の癖、兆候のパターン)がAIに渡っていない点にあると株式会社ブリングアウトのCEO中野の視点を寄稿しました。 生成AIは肯定に寄りやすく一般論としての正しさを量産しやすい一方で、コンテクストがない限り「自社にとっての勝ち筋」を判断できないことを具体例とともに解説しています。さらに、生データをそのまま聞き、仮説を立て、AIで検証しつつ現場でバグを出す3ステップを提示し、一次情報を経営意思決定のOSにするための実務的な進め方を示しています。

はじめに

生成AIによって、「情報の前処理係」という仕事(すなわち現場にお願いしつつ情報を集めて、役員が好むようにそれっぽく編集し、いい感じのパワーポイントにまとめる仕事)が、かなり早いタイミングで無価値になるという話をしました。 そして、価値を出すためには会社固有の「コンテクスト(文脈)」をインプットすることが重要になる、という話もしてきました。 (この記事は大変多くの人に見ていただきました。今回の記事はそれ自体で完結しているので、前回記事を読んでもらう必要はないです) 今回は、コンテクストとは何か、そのコンテクストがないと何が起こるのか、どうやって自社の中から正しいコンテクストを掘り起こして生成AIに理解させていくのかという、実務に近い話をします。 思想論ではありません。ツールの紹介でもありません。 「なぜ正しいことをやっているのに、価値が出ないのか」という違和感を具体的に特定し、どう解決するのか、という現実的な話です。

生成AIと壁打ちすると、なぜ「全部正しく見える」のか

生成AIと壁打ちをしていると、不思議な安心感があります。 アイデアを投げると、

「それは非常に良いお考えですね」

と全力で肯定してくれる。 少し考え直して、まったく違う案を出しても、

「最高です。こちらの方がより本質的です。その理由を説明します」

と、全然違うアイディアであるにもかかわらず、やはり真正面から肯定して、ご丁寧に根拠まで教えてくれる。 どちらもそれなりに筋が通っている。どちらも間違ってはいない。 そして、こう思ってしまいます。「まあ、どちらでもいいか」と。 この感覚に覚えがある方は、生成AIをかなり正しく使っています。 同時に、一番危うい使い方をしているとも言えます。 生成AIは非常に優秀ですが、原則として否定しません。 前提を疑わず、問いを壊さず、「もっともらしい正解」を高速で量産します。 これは欠点ではなく、そう設計されているからです。 この性質を業務に持ち込むと、ある既視感のある光景が生まれます。


正しいのに失敗する理由は、「価値がない」判断をさせているから

たとえば、重要案件の商談の進捗状況について共有する会議。 商談録音をベースに、生成AIに情報整理を任せます。 商談内容の報告でよく使われるのが、BANTというフレームワークです。 予算(Budget)、決裁権(Authority)、ニーズ(Needs)、導入時期(Timing)の頭文字でBANTです。 もちろん、商談においてはどれも重要な情報ですし、こうやって情報を整理することは何一つ間違っていません。 足元で今進めている商談について、このAIの汎用的な解析で返ってくるアウトプットは、肯定的なものでした。

導入目的は明確。 導入に向けた予算は確保済み。 決裁者である部長も会議に同席していて見えている。 導入時期も夏まで、と発言がありました。

案件確認会議では「この案件めちゃくちゃホットですね!」「ビッグディール決めましょう!」と若手社員を中心として威勢の良い声が上がります。

「BANT」情報を整理すると、この案件絶対いけます!になる。
「BANT」情報を整理すると、この案件絶対いけます!になる。

──でも、経験のある管理職は、この会議の報告を聞いた瞬間に違和感を覚えます。 案件の情報は間違ってない。確かに生成AIの答えは正しい。それでもこれが本当にホットな案件かというと全然そうは思えない。 なぜでしょうか。理由は単純です。一般的に正しいということと、この会社にとって正しいということは別物だからです。 ここで整理されているのは一般論として商談に必要とされる条件が整っているかどうかだけです。 「ウチの会社にとって勝ち筋があるか」「過去の失敗と同じ構造ではないか」 そうした問いには答えていません。 もちろん、こちらがその情報を与えていないからでAIは何も悪くありません。 生成AIは間違えません。ただし、あなたにとって価値がある答えを出すとは限りません。 生成AIは、最強のイエスマンなのです。 既視感のある光景──これは、「優秀な新人が入社してきて会議の中で正論を主張し、それを(あったなぁ。。ああいう時。)と、温かい目で周りが見つめている」光景とよく似ていると言えます。


コンテクストを渡した瞬間、AIは「待った」を言い始める

では、どうすればいいのでしょうか。AIをもっと賢くするのでしょうか。プロンプトを工夫すればいいのでしょうか。 そうではありません。 必要なのは、会社のコンテクストを正しくインプットすることです。 コンテクストとは、一般論ではありません。 その会社が過去にどんな判断で勝ち、どんな判断で負けてきたか。 どんな兆候が出たときに、だいたいうまくいかなかったか。 つまり、会社固有の歴史です。 商談の進捗確認を行っていたこの企業を例として話を続けましょう。 実は競合のX社が、この会社のサービスと全く同じ機能を提供しています。しかも、X社のサービスは機能面ではこの会社のサービスよりも明らかに優れていて、比較された場合の勝率は1割を切っているのです。 このコンテクストを渡したうえで案件を評価させると、AIの解析結果は180度変わりました。

「条件は揃っていますが、X社との比較の言及がお客様からありました」 「このまま商談を進めるとほぼ間違いなく失注します」

この会社固有の事情を整理すると、これは負け商談の特徴
この会社固有の事情を整理すると、これは負け商談の特徴

もちろんインプットに使った商談の会話内容は同じです。 AIが賢くなったのではありません。当社にとって正しく振る舞える材料を渡しただけです。 この例で、AIを活用する上でのコンテクストの重要性について、イメージがもう少し湧いたかもしれません。 コンテクストインプットが重要であるという話は、営業の商談に限りません。 製品の不具合について議論をする際に自社は何を経営リスクとして捉えるか新商品のニーズを探る際に自社の強みを活かして着目すべきポイントをどこととらえるのか。 これらの情報は、自社固有のコンテクストがインプットされて初めて正しい推論が返ってくるのです。

AI自体は何も変わってないのに、結論が180度真逆になる事例。
AI自体は何も変わってないのに、結論が180度真逆になる事例。

ではどうする?自社コンテクストを解析する3つのステップ

ここまでくると、自社での活用において、どうコンテクストをAI側に渡すのか、が気になってくると思います。 結論から言うと、やることは意外とシンプルです。ただし、簡単ではありません。理由は明確で、「思考の仕事」だからです。 まず大前提として押さえておきたいのは、コンテクストは、どこかに完成形として存在しているものではない、ということです。生の情報を聞き、仮説を立て、検証し、壊しながら作っていくものです。

AI導入できちんとPLインパクトを得られている企業は5%くらいと言われますが、見えないところで泥臭い(AI時代らしからぬ)努力をしています。
AI導入できちんとPLインパクトを得られている企業は5%くらいと言われますが、見えないところで泥臭い(AI時代らしからぬ)努力をしています。

ステップ1:生データを、そのまま聞く

最初にやるべきことは、きれいに整理された資料を見ることではありません。むしろ逆です。報告書、要約、ダッシュボードといった「加工された情報」から一度離れ、代わりに向き合うのは、生データです。 商談であれば、録音や文字起こしそのもの。CSであれば、顧客の問い合わせ文やクレームの原文。現場であれば、トラブルが起きた瞬間のやり取りや、担当者の一言です。 ここで重要なのは、「意味を理解しよう」としないことです。評価もしない。結論も出さない。ただ、そのまま聞く。 多くの組織では、この工程がすでに失われています。「要点をまとめてください」「結論だけ教えてください」という指示が、無意識のうちに生データを削ぎ落としているからです。しかし、コンテクストは要約の中にはありません。要約される前の、違和感や温度、間の取り方の中にあります。

ステップ2:仮説を立てる

次にやるのが、仮説を立てることです。ここでいう仮説とは、「答え」ではありません。 「もしかすると、ウチの会社はこういう条件が重なると負けやすいのではないか」「この一言が出た瞬間に、だいたい流れが変わっているのではないか」──そうした、雑でいいので説明可能なストーリーを作ります。 重要なのは、この時点で仮説を“固めない”ことです。仮説は、当てにいくものではありません。検証して壊すためのものです。ここで初めて、「この会社にとって重要そうなシグナル」が言葉になります。それは市場一般の話ではなく、この会社の歴史の中で繰り返し出てきたパターンです。

ステップ3:AIで検証し、現場でバグを出す

最後に、仮説をAIに投げます。ここでのAIの役割は、判断することではありません。仮説をぶつけ、ズレを炙り出すことです。 「この仮説に当てはまらないケースはどれか」「条件は揃っているが、この仮説と矛盾する点はどこか」。AIは、こうした問いに対して大量のケースを一気に当てにいくのが得意です。しかし、必ずズレが出ます。 そのズレを、もう一度現場に戻して確認します。「本当にこの仮説で説明できないのか」「自分たちが見落としている前提は何か」。この往復の中で、仮説は壊れ、少しずつ精度が上がっていきます。 このプロセスを経ることで、生成AIは単なるイエスマンではなく、自社の前提を理解したうえで“待った”をかける存在になります。コンテクストとは、最初から正しい答えではありません。検証され、壊され続けた仮説の集合体です。


まとめ|中間管理職に残された、最後の仕事

生成AIの時代に、中間管理職の仕事がなくなるわけではありません。ただし、情報を処理するだけの役割は、確実に価値を失います。残るのは、何を信じ、何を疑うかを引き受ける仕事です。 そして、その仕事は“楽になる”方向には進みません。むしろ逆です。生成AIが優秀であればあるほど、私たちは問われます。「情報を右から左へ流すだけのこの仕事に、なぜ高い給料を払い続ける必要があるのか?」 ここまで読んで、「それは正論だが、現場はそんなに綺麗に回らない」と思った方もいるはずです。そうです。だからこそ、最後は覚悟の話になります。 膨大な生のデータに対してAIを使いこなして価値を出す編集長になるか。情報の前処理係のまま安心し続けるか。その分かれ道に、私たちはもう立っています。もう少し正確に言うなら、もう戻れません。AIは、こちらが引き受けるべき問いと責任だけを、容赦なく残していくからです。

AI時代の中間管理職の仕事はこれに徹底的に強くなるしかない。
AI時代の中間管理職の仕事はこれに徹底的に強くなるしかない。

最後に

ここまで読んでくださりありがとうございます。 本記事は、これまで書いてきた内容を受けた、ひとつの到達点となる位置付けです。 最初の記事では、生成AIがホワイトカラーの「中継・翻訳・報告」を外部化したあと、企業に残る勝ち筋は「一次情報を経営意思決定のOSにすること」だ、という話をしました。 https://www.bringout.biz/content/1jsG3moNZwz37WTL3qGyB6 続く記事では、その一次情報を価値に変えるためには、コンテクスト(文脈)の理解が欠かせないことを掘り下げました。 https://www.bringout.biz/content/47l0QjXPSXarqcqAnwSYKD 本記事で扱っているコンテクストエンジニアリングは、そうした問題提起を受けて、では実際にどうやって一次情報をOSとして機能させていくのかを考えるための、Howにあたる概念です。 私が代表をしている ブリングアウト では、まさに本文で書いたような、 一次情報経営を可能にする、企業の変革論点の特定 それを支えるカスタムAIエージェントの設計、販売 経営会議〜現場オペレーションまでの実装・伴走 をセットで支援しています。 興味を持っていただいた方は、以下もぜひ覗いてみてください。


【関連リンク】


【CEO Comment】

生成AI活用が広がる今、「正しい整理」をしているのに成果が出ない現象が各社で起きています。理由はシンプルで、AIが返しているのは一般論としての正しさであり、各社ごとの勝ち筋ではないからです。

私たちが目指す一次情報経営は、会議用の見栄えを良くすることではなく、現場の生の声に宿る温度や違和感を意思決定のOSに載せることです。

だからこそ、コンテクストを掘り起こし、仮説として言語化し、AIで検証して現場でバグを出す。この往復を設計できた瞬間、AIはイエスマンではなく「待った」をかける経営の相棒になります。


著者・ブリングアウトについて

ブリングアウト株式会社 代表取締役 中野慧

『東洋経済 すごいベンチャー100』 『日経 未来の市場を創る100社』 『日経テクノロジー展望 未来をつくる100の技術』 などに選出され、国内大手企業を中心に導入が進んでいます。 ◾️ ホームページ: https://www.bringout.biz/