対談相手紹介
火浦俊彦様
東京大学教養学部卒業、ハーバード大学経営大学院修士課程(MBA)修了。 1983年4月、株式会社日本興業銀行(現株式会社みずほ銀行)入社。同行退職後、1986年2月、ベイン・アンド・カンパニーに入社。ベイン時代には30年以上にわたり、様々な分野における日米欧の企業に対するコンサルティング活動に携わる一方、日本産業パートナーズ(バイアウトファンド)の設立を主導。2008年1月同社東京オフィス代表パートナー、2014年4月会長に就任。2020年の独立後はオーナー系企業へのコンサルティングに加え、スタートアップ支援、エンジェル投資を行う。エクサウイザーズ株式会社社外取締役、聖マリアンナ医科大学客員教授など、ベンチャーから大企業までの異なるステージの企業、団体の社外取締役、顧問を務める。
「一次情報経営」とは何か──なぜ今、AIのインパクトが出ないのか
中野:
多くの企業がAIを導入していますが、なかなかインパクトが出ていません。私たちが見ている限り、その根本原因は「既存の経営システムを強化する」という発想に留まっていることにあります。業務を効率化する、レポートを自動化する──それ自体は悪くないのですが、それだけでは企業の競争力は変わらない。
私たちBringOutが提唱しているのは「一次情報経営」という考え方です。現場で日々生まれている生の声──お客さんとのやり取り、支店での議論、商談の中で交わされる言葉──こうした非構造データをAIで解析して意味をデータに変え、経営の意思決定に直接つなげる。
既存の基幹システムに蓄積された「過去の記録」ではなく、今まさに現場で起きていることを経営判断の起点にするという発想です。
火浦:
それは非常に面白い視点ですね。私はベインで30年以上にわたって日本企業の経営変革に携わってきましたが、企業の現場には常に膨大な「つぶやき」があるんです。
お客さんがこう言っていた、この商品のここが引っかかる、もっとこうすればいいのに──。ところがそうした声は、きちんとしたデータとしてキャプチャーされない。ものすごいヒントが埋もれたまま、使えずに消えていく。
中野:
おっしゃる通りです。私たちはそれを「生データと一次情報の違い」と定義しています。
会議の議事録をとりあえず全部貯めておく、アジェンダと決議事項を定型的に蓄積する──こうした「生データ」は、いくら大量にあってもAIに料理させようとしたとき使い物にならない。玉石混交のまま放り込んでも、AIは正しい判断ができません。
企業のコンテクストを理解した上で、重要と考えられる観点に重みをつけて構造化させた「一次情報」へと変換する。このプロセスこそが核心なのです。
火浦:
ちょっと比喩的に言わせてもらうと、経営者にとっては「これだ!」とアンテナの立つひと粒のつぶやきが、大河になるようなイメージですよね。
現場でポロポロとこぼれた言葉が、だんだん交わって大きな川になっていく。社内の老廃物を流し、組織の論理で作られた「関所」をなぎ倒して、経営のど真ん中──ボードルームまで一気に届く。
それが「一次情報経営」の本質的なパワーなのだと理解しました。
コンテキストマネジメントの本質──「全部入れれば答えが出る」は幻想
火浦:
ただ、ここで一つ重要な問いがある。現場のつぶやきを拾い上げるとして、「何を見るべきか」はどう決まるのか。とりあえず全部の情報をAIに放り込めば答えが出るかというと、そうではないはずです。
中野:
まさにそこが、私たちが「コンテキストマネジメント」と呼んでいる領域です。
AIに役割や人格を設定し、その会社の歴史や強み、差別化の文脈を教え込まなければ、AIは「最強のイエスマン」にしかならない。こちらのバイアスに沿った、都合のいいことだけを言う存在になってしまいます。
今うちでやっているのは、かなりコンサルのプロセスに近い。まず人間のセンスで切れ味のある仮説を立てる。例えば商談の勝ちパターンを見極めるなら、実際に何十本もの商談データを聞いたり読んだりして、「このあたりが差別化になっていそうだ」という仮説の種をいくつかリストアップする。
次にAIで検証する。受注した商談と失注した商談で、その仮説がどの程度の相関を持つかを分析させるんです。
火浦:
人間のセンスで仮説を出して、AIで検証する。そのセンスが鈍っていれば、当然アウトプットの切れ味も悪くなるわけだ。
ここで気になるのは、その「センス」自体にバイアスがかかっていないか、ということです。企業には長い歴史の中で出来上がった思考パターンがある。こういうときにはこう考える、こういう判断をする、という型です。
その思考パターンに従って事実を拾わせると、結局これまでの延長線上にある仮説しか生まれないのではないか。
中野:
おっしゃる通りで、重要なコンテクストを定義するプロセス、というのは言語化が難しいポイントです。
火浦:
コンテキストを設定するときに本当に重要なのは、自社の思考パターンを教え込むことだけではなく、むしろ逆説的に、その思考パターンでは拾えないもの──今までの見方だと見落としがちなポイント──を浮き彫りにすることなんじゃないか。
自社はこう考えてきた、マーケットはこう動いている、顧客はこう言っている。だとすると、自分たちのバイアスはどこにあるのか。
中野:
確かに見えていない視点を意図的に獲得しにいく、というのは重要なポイントです。最近取り組んでいて面白いのが、AIにAIを使わせるということなんです。
AI × AI × 人間──なぜ機械だけでは完結しないのか
中野:
Claude(AI)に、Gemini(別のAI)と対話させます。自分が考えている事業戦略をClaudeに渡して、「Geminiと議論しながら、この考えに穴がないか確認してくれ。穴があるなら結論を急がず、議論が尽きるまでやってくれ」と指示する。
1時間ほどでレポートが上がってくるので、それに対して自分が気になるポイントを追加して再度考えさせる。するとAI側の仮説と自分が持っている仮説がぶつかり合って、一種の合意形成が生まれてきます。
火浦:
なるほど。ただ、そうなると根本的な問いが出てくる。AI同士で議論させて視点を出させるなら、そこに人間が入る意味は何なのか。人間のバイアスが入ることを嫌うなら、むしろ機械同士で完結させた方が合理的ではないか。
中野:
人間が不必要になる可能性でしょうか。
火浦:
私も、AI同士で十分なのかもしれないとは思うんです。ただ、今まさにこの対話の中で起きていることが一つの証拠になっている気がする。
中野くんはAIとの対話を散々やって、考え尽くしたはずだ。にもかかわらず、今の私との会話で、AIとのやり取りでは出てこなかった論点が生まれている。なぜだろうか。
中野:
まさにそうです。論理の切り口は無限に存在していて、どの角度から光を当てるかには、その人固有のコンテキスト──歩んできた道、見てきたもの、感じてきたこと──が決定的に影響します。
火浦さんが問いかけてくださった「なぜ人間が入る意味があるのか」という角度自体、AIとの対話では出てこなかった。
火浦:
AIが持っている膨大な情報──ネット上の知識、業界データ、過去の事例──でひとつの布を織り上げる。それはそれで一枚の織物にはなる。
でも、そこにまったく異なる経験を持つ人間が、自分の糸を織り込み始めると、布のテイストが変わる。別の人が加わればまた違う布になる。
つまり、どの糸を使って、どんな布に仕上げるか──その選択には、正解がないんですよ。
同じ魚を前にしても、どんな味付けにするか、どの調味料を選ぶかは料理人の意思で決まる。作りたいものから逆算して、無限の選択肢の中から一つの道を選び取る。これは創造のプロセスそのものです。
中野:
経営における意思決定も、まさにそういう性質、アートの類のものだと思います。
火浦:
そう。そしてもう一つ大事なことに気づいた。今の話は、意思決定者が論理的に正しい選択をするという話だけじゃない。意思決定者自身の心が動くかどうかが問われているんです。
中野:
それはまさに、私も実感していることです。
社内で「AIがこう分析してます」という報告を受けることがあるのですが、正直に言うと「お前自身はどう考えるんだ」と思ってしまう。戦略としてどれも論理的には間違いがない。でも経営者が気持ちを込めて、熱を持って語れるかどうかが、組織を動かす上で決定的に重要です。
火浦:
そこなんですよ。論理的な整合性と、直感的に「これだ」という感覚。その両方が揃わなければ、いいコンテキストにはならない。論理とパッションの掛け算です。
私が今この対話を通じて見えてきたのは、こういう構造です。
まず第一層。自社のデータや歴史を徹底的に読み込んだAIがある。
第二層。それに対抗する視点──マーケットの変化、競争環境、異なるものの見方──を読み込んだ別のAIがある。この二つが議論し合うことで、論理的に見るべきポイントの候補が浮かび上がる。ここまではAI同士でできる。
しかし第三層がある。そこから本当に人の心が動くものを作り上げるためには、経営者個人の深いコンテキスト──経済的な計算では割り切れない、「俺はこういう世界を作りたいんだ」というパッション、過去の経験から醸成された勘所──を加えなければいけない。
この人の糸は、AIのように幅広い情報を持っているわけではない。しかし、出汁のような深みがある。いろんなことを見たり聞いたりしてきた人間が最後のひと手間を加えることで、本当の視点ができ上がる。
中野:
外部の視点を入れるということもそうかもしれませんが、AI自体も多角化させてインプットを収集する、さらにそこに経営者のパッションを加えて、論理の穴を塞いだ状態で人間らしい我儘を通す、ということですね。
創業者メンタリティの復活──AIが中間層の「淀み」を押し流す
火浦:
そしてここで、私がベインで長年提唱してきた「創業者メンタリティ」の話に繋がってくるんです。
中野:
創業期の企業が持っていた原初のエネルギーですよね。創業者が自らお客さんの声をダイレクトに聞き、手足となるメンバーと一体になって動いていた。
ところが企業が成長し規模が大きくなるにつれて、中間層が増え、情報が組織の「関所」で滞留し、あの頃のエネルギーが失われていく。
火浦:
その通り。創業者の頃は、創業者が本当にお客さんの声をダイレクトに聞いていた。自分の手足の人たちが「お客さんがこう言ってた」とダイレクトに持ってきて、それが新しいエネルギーになっていった。
ところが会社が大きくなると、中間で情報が淀む。管理型の人たちが幅を利かせるようになって、現場の声は経営者に届かなくなり、経営者自身も管理型に変わっていってしまう。
ところが「一次情報経営」の仕組みが機能するとどうなるか。中間で淀んでいたものが、一気に押し流される。
現場のひと粒ひと粒のつぶやきが大きな流れとなって、中間管理職やさまざまなブロック構造をなぎ倒して、経営者のもとにドドッと流れ込むんです。
しかもそのとき、三位一体のコンテキストが機能していれば、経営者は論理とパッションの両方を持ってその情報に向き合える。つまり、創業者が現場の声をダイレクトに受け取り、自分の理念で判断していた、あの原初のエネルギーがもう一度、会社の中に蘇る。
中野:
ベンチャーが元々持っていた創業者メンタリティは、大企業化とともに薄れていく。けれど、一次情報経営の仕組みが中間プロセスの淀みを解消することで、大企業であっても創業者メンタリティを保ったままスケールする道が開かれる──そういうことですよね。
火浦:
まさにそうです。AIの世界というのは、一見すると非常に合理的で論理的で、冷ややかなものに見える。しかし実際にこれが起こると、ものすごいエネルギーが会社の中に生まれてくる。
生産性向上よりも大きいのは、創業の思いやエネルギーをもう一度灯し始めるきっかけになるということです。
これは単なる効率化の話ではない。日本企業が本来持っていた力を取り戻すための、本質的な経営変革の話なのだと、中野くんとの対話を通じて改めて確信しました。
中野:
AIの活用というと「コスト削減」「効率化」の文脈で語られがちですが、本当のインパクトはその先にある。
創業者メンタリティの復活を通じて、日本企業が再びエネルギーを取り戻す。その可能性にこそ、私たちは賭けています。
火浦さん、本日はありがとうございました。
Bring Outとは
「対話をデータ化して経営を変革する」ことを掲げ、AIを活用した経営変革(AX:AI Transformation)を行うAXファームです。経営変革の焦点となる論点を定め、その論点をAIプロダクトに埋め込み現場で自走させ、この設計と実装を外部に切り分けず一体で行うことでスピーディに現場へ展開します。コンテクストエンジニアリングによる対話設計、独自のAIエージェント基盤、カスタマイズエージェントが動くソフトウェアの3つを通じて、経営変革を一過性のプロジェクトで終わらせず「常在化」させます。




